回青橙(ダイダイ)とポン酢醤油
いらっしゃいませ。
今日は正月の11日です。よろしければ後ほど、
鏡開きの餅で作った汁粉なんぞいかがでしょうか。
「鏡餅が汁粉になって出てくるのは結構だが、
上に乗っかていた橙(ダイダイ)はどうした。」
はい。ポン酢醤油になりました。手前どもは以前から、
ポン酢には橙を使っておりまして、
正月のそれは縁起物ですから、有難く利用しております。
落語の『七福神(かつぎや)』にも正月に井戸神様へ
橙を供える場面がございますが、今日はその
芽出たい橙の話からはじめましょうか。
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■今日の品書き(目次)
【1】回青橙(ダイダイ)
【2】ポン酢醤油
【3】4代目、円遊の噺「七福神(かつぎや)」
【4】あとがき
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■「回青橙」は橙の別名。「カイセイトウ」とも
「ダイダイ」とも読みます。
最初に青い(緑色ですが)実がつき、秋から色づきやがて橙色に
なります。
その実は落下しにくく、翌年の初夏から再び青い実となって
樹上に残ります。「回青橙」の所以です。
新旧「代々(だいだい)」の果実が同じ木にあると言うのが
「ダイダイ」の名の由来です。
江戸時代の国学者、谷川士清(たにがわことすが 1709-1776)
の『和訓栞』(わくんのしおり1776年成)には、
このように記されています。
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「だいだい、橙をいふ、蔕(ヘタ)に台ふたつ有るをもて名づく
といへども、その実あからみて後も落ちず、来年実る時まで
青し、 よって回青橙の名あり、四五年も落ちざるあり、
されば代々と いへる義なるべし」
■原産地は、インド、ヒマラヤですが、今や世界中に
有るようです。日本へは中国から渡来したのですが、
田道間守(たじまもり)が持ち帰ったと言う説も有ります。
日本書紀(720年編纂)にある、田道間守の伝説を
ご存知でしょうか。昔の文部省唱歌にもあったそうです。
(昭和17年刊の「初等科音楽(1)」国民学校初等科第三学年用に収録)
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ざっとこんな話でした。
病にある11代垂仁天皇(西暦61年頃)の勅命により
田道間守は南方の常世国(中国大陸のどこか)へと旅立ちます。
その国には延命長寿の果物、
「非時香菓(トキジクノカグノコノミ)」があり、
苦節10年の後 その香菓「橘(タチバナ)」を探し当て帰国します。
されど、とき既に遅し、天皇は崩御されていた、と言うお話。
柑橘の研究家・田中長三郎博士(1885-1976)は
橙(ダイダイ)こそがこの香菓「橘」であるというのです。
田道間守は、和歌山県海草郡下津町橘本の橘本神社内に
祀られています。
「万葉集」には橙(ダイダイ)は阿部橙(アベタチバナ)と
言う名で登場します。
「吾妹子に逢はず久しもうましもの 阿部橙のこけむすまでに」
(作者不詳)
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■そのまま食べるには、酸味が強過ぎます。
英名はbitter orangeとかsour orangeなどで、マーマレードの
原材料として使われています。
サワーオレンジの香水なんてのもよく見かけますが、
これは花からでしょうね。
ガキの頃、橙の果汁に砂糖を加えお湯割りにして
飲んだことをおぼえています。
池波正太郎も著書『味と映画の歳時記』(1982・新潮社)の
中で、子供の頃飲んだ、この橙の暖かい飲み物を語っています。
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その、あざやかなオレンジ色の橙を見ると、私の胸は、
またさわぎはじめる。
新しい年が明け、正月十一日に御供えの餅をこわし、
汁粉にするとき、祖母が橙の汁を茶わんに搾り、
たっぷりと砂糖を 加え、熱湯をさして、
「さあ、風邪を引かないようにおあがり」
と、私にくれる。
これが、正月の何よりのたのしみだった。
オレンジでもない。蜜柑でもない。橙の汁の風味はもっと
濃厚で、酸味が強く、香りもすばらしい。
ーーー中略ーーー
その暖かさ、そのうまさは何ともいえぬ幸福感を
ともなっていた。
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そして、文末では、ちかごろの橙の味は、むかしのそれと、
すっかりちがってしまった、と嘆いておられるのですが・・。
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■ポン酢に醤油などを合わせたものがポン酢醤油であります。
ポン酢の語源はオランダ語で、柑橘類の搾り汁を
ポンス(pons)というそうです。
もっと遡れば、橙の原産地であるインドの
サンスクリット語にパンチャとかパーンチとかいう語が
あるそうな。これは「5つ」という意味もありまして、
5種類の材料で作られた飲み物(柑橘果汁・砂糖・水・
スパイス・酒)も同様に呼んでいたのですって。
それが17世紀にヨーロッパに渡り、英語ではパンチ(punch)、
オランダ語ではポンス(pons)になったと。
さて、日本では江戸時代。オランダ人が伝えた飲み物ポンスが、
長崎の卓袱料理(しっぽくりょうり)の食前酒として
飲まれていたようであります。
なぜか飲み物としては定着せず、柑橘類の果汁のみをポンスと
呼ぶようになり、やがて酢の字をあて調味料としてのポン酢と
なってまいりました。
■ポン酢は、ちり酢ともいいます。ちり鍋を食うときに
使うからです。
近頃はポン酢醤油のことも単にポン酢と言われることも
多いようです。さっぱり感が受けるのか、醤油の代わりや
ドレッシングとしても多用されています。
自家製のポン酢醤油を試してみてはいかがでしょう。
橙がお手に入らなければ他の柑橘類(スダチやカボスなど)でも
構いません。ブレンドというのも一興かもしれません。
手前どものポン酢醤油の割合は以下のとおりです。
「橙(柑橘類)の搾り汁12:醤油8:たまり醤油1:味醂3:酒1:酢1」
酒と味醂は煮切っておきます。昆布と鰹削り節をいれ
ひと煮たち、その後1~2週間寝かせます。
漉してからお使いください。
魚貝の刺身や唐揚げに。たたきや洗い。ちり鍋やちり蒸しには
もちろん。塩焼き魚にちょいとつけて。サラダのドレッシングにも。
この時期でしたら、鰤(ブリ)しゃぶ なんかいいですね。
浅葱の小口切りと もみじおろしを添えて。
酸味がきついようでしたら出しで割ってお使いください。
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さっき出てまいりました落語の「七福神(かつぎや)」
ですが、「正月丁稚」や「かつぎや五兵衛」という別題もあります。
四代目 三遊亭円遊のは「七福神(かつぎや)」でした。
呉服屋のかつぎ屋五兵衛は、たいへんな縁起かつぎで、
それを聞いた宝船売りは、五兵衛に縁起の良い世辞を言い、
宝船を全部買ってもらい、あげくは、ご祝儀、反物までもらう。
気をよくした宝船売り、帰りがけのヨイショは、
「旦那のお姿は大黒様、美しいお嬢様は弁天様。
七福神がお揃いで、おめでとうございます」。
五兵衛が言う。「それじゃぁ、二福じゃないか。」
宝船売り 答えて、
「いいえ、それでよろしいのです。ご商売が、
呉服(五福)でございます。」
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■♪"Joy Spring"
1935 (w)Jon Hendricks (m)Clifford Brown
はつ春を謳ってるワケではないけど・・・
■鏡開きの餅は包丁などで切ってはなりませぬゾ。元来が
武家社会の慣わしですから、「切る」は禁物。
手や槌(ツチ)で叩いて開くのが正解。
「二十日に鏡を祝うは、初顔祝うという詞の縁をとるなり」、
二十日(はつか)と初顔(はつかお)の語呂合わせ、はたまた刀の
刃柄(はつか)に通じるところから、二十日に行なわれていたのです。
ところが、三代将軍家光が四月二十日に亡くなり、この日を
避けて十一日になったんだって。
■切ってはなりませぬ、といっても 干からびた餅は、
ちょいと叩いたくらいでは割れそうにもありません。
水に浸しておくのです。数時間。それから電子レンジ。
そして手で千切ってから 汁粉にする、という寸法です。
どうぞ召し上がってください。
あたしは結構です。これからナニですから。
■今日もありがとうございました。
また、おちかいうちに。
おまちしております。