茄子の鴫焼き
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いらっしゃいませ。今日はご子息とお二人で。
お幾つになりました。いえ、お父さんの歳ではなく、
息子さんのほう。
二十歳ですか。 いいですねえ、跡取りがいらっしゃいまして。
「いいか悪いか、知らねえが、こいつも大工になりたい
て言うから。
”瓜の蔓に茄子はならぬ”(ウリのつるにナスビはならぬ*1)、
てぇとこだな。」
いえいえ、”筍の親勝り”(タケノコのおやまさり)の例えも
あります。それに、”瓜や茄子はなりなり”*2、と申しますから、
息子さんなりに立派な大工さんになることでしょう。
「一人前になるまで、倅とて容赦はしない、
厳しく叩き込むから覚悟しろ、と言ってるんだが。」
親の意見と茄子(なすび)の花は千に一つも仇はない。*4 と、
申しますね。
それでは、茄子の鴫焼き(ナスのシギやき)でも
おつくりしましょうか。
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今日の品書き(目次)
【1】茄子の鴫焼き(ナスのシギやき)
【2】茄子の俗諺
【3】あとがき
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茄子を縦に切った形が、鴫(しぎ)に似ているので、しぎ焼き、
と呼ぶとも言われておりますが、鴫壷焼き(しぎつぼやき)から
転じたのが本当のようです。
では、【現代の茄子のしぎ焼きは、鴫壷焼のなごりである。】
ということにしてこれを検証してまいりましょう。
まづ、鴫壷焼きとはどんな料理だったのか。
・室町時代、天文4年(1535年)「武家調味故実
(ぶけちょうみこじつ)」に「しぎつぼのこと、」云々という
記述があります。
塩漬け茄子の中をくりぬいて、下ごしらえしたしぎの身を
射れる。柿の葉でふたをして、藁(わら)で縛る。石なべに
酒を入れて、これを煎る。
・そして、天文19年(1550年)
「包丁聞書(ほうちょうききがき)」には、
「鴫壷焼と云は、生茄子の上に、枝にて鴫の頭の形を
作りて置也。柚子味噌にも用(いる)」とありますから、
もはや鴫の肉は使わず、シンボルとして、枝で鴫(シギ)の形を
作ったということでしょう。
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■江戸時代には、現代の茄子のしぎ焼きと大差ない料理となって
いたようです。
・「俳諧発句帳」(寛永10年、1633年)にある徳元の句。
鴫やきや なすびなれども とり肴
・「料理物語」 (寛永20年、1643年)著者不明。
江戸初期の料理書には、
鴫焼き 茄子(なすび)をゆでよきころにきり串に
さし山椒味噌付て焼くなり。
・「佐夜中山集」(寛文4年 、1664年・松江重頼・撰)の
句集には、
鴫やきは かならず秋の 茄子哉
・さらに、江戸の国学者、喜多村信節(きたむらのぶよ、
1784-1856)の「瓦礫雑考」(文化14年、1817年)には
茄子のしぎ焼きというものは、鴫壷焼から転じたのであろう、
という意が、記されている。
もう、決まりですね。
【現代の茄子のしぎ焼きは、鴫壷焼のなごりである。】そして、
それは江戸時代に確立された、と。
・喜田川守貞(1810年~?)が天保8年(1837年)から
30年かけて、著したといわれる
「守貞漫稿(もりさだまんこう)」には、
「京阪ニテナスビノデンガクト云、
江戸ニテハナスノシキヤキト云」
(京阪にては茄子の田楽と言い、江戸においては
茄子のしぎ焼きと言う。)
と ありますから、室町時代の鴫壷焼から端を発した
しぎ焼きですが、もう、鴫(シギ)はどこかへいってしまいました。
柚子釜(ゆずかま)と言う料理は鴫壷焼きから発展したもので
ありますし、田楽についてもお話したいと思っておりましたが、
長くなりそうですから、またの機会に譲りましょう。
「茄子のしぎ焼きだけで、俺たち親子、ここまでおやじの
長いウンチクに付き合ってきたんだ。何か出してくれ。
手っ取り早く出来るものを。」
茄子の漬物でよろしゅうございますか。
「何も茄子の香の物(なにもなすびの こうのもの)*3」、です。
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今日出てまいりました諺の類を整理しておきます。
*1 「瓜の蔓に茄子はならぬ」
(ウリのつるにナスビはならぬ)
ウリの蔓(つる)にはウリしかならぬのは当然で、
平凡な親からは平凡な子しか生まれないということ。
蛙の子は蛙、と同じ。
反対が「筍の親勝り(タケノコのおやまさり)」や
「鳶が鷹を生む(とんびがたかをうむ)」など。
*2「瓜や茄子はなりなり」(ウリやナスはなりなり)
ウリもナスもそれぞれの形があり、人間もそれぞれ
ふさわしい 姿、形がある。
*3「親の意見と茄子の花は千に一つも仇はない。」
(おやのいけんとなすびのはなはせんにひとつも
あだはない。)
茄子の花は咲けば必ず実を結ぶといわれており、
おやの意見も同様、 すべてためになる、ということ。
*4「何も茄子の香の物(なにもなすびの こうのもの)」
ご馳走はなくても、茄子の漬物があればもてなし出来る、
要は おもてなしの心だ、ということ。
◆他に茄子がらみで、すこし。
*「茄子は友露受けねば千なる」
(ナスビはともつゆうけねばせんなる)
ナスは隣りどうしを離して植えれば、のびのび育って
いっぱい実がつく。
近頃のお若い方たち、このように育ったんですな。
*「一富士二鷹三茄子」(いちふじにたかさんなすび)
これについては、諸説ありまして、別の機会に詳しく
お話します。
*「小茄子に年の寄ったるが如し」
(こなすにとしのよったるがごとし。)
小ナスが古びてしなびれている様。小さいのに
ひねていることの例え。 いるよね。
*「茄子苗と女は余らぬ」
(なすびなえとおんなはあまらぬ)
ナスはムダ花がなくほとんどが実をつけるから、
苗が余る事はない、女性も、それぞれ縁を得て
ふさわしい相手ができ、売れ残ることはない。
昔の話だね。近頃はね、嫁になんざあいかねえて娘、
あたしの周りにも。
*「師走筍 寒茄子」(しわすたけのこ かんなすび)
季節はずれに食いたいもの。手に入りにくい珍味を
言うときに使う。
いまは何でも一年中あるから、この諺、通用しなく
なちっまたのが残念。
*「秋茄子嫁に食わせて七里追う。」
(あきなすびよめにくわせてしちりおう)
嫁は「嫁が君」。ネズミのこと。ネズミに食われて七里も
追いかけたほど、秋茄子は旨いという事。
*「秋茄子は嫁に食わすな」て言うアレ、二説あるのは
ご存知ですね。 嫁いびり説と子宝気遣い説。
これも、近いうちにやりましょう。
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【3】あとがき
◆♪Summertime 1935 (w)Du Heyward (m)George Gershwin
あたしの店も、明日から盆休み。
2つ考えがありましてな、まだ決めかねているのです。
1つは、仕込み。
料理の仕込みは、毎日やっていることですが、
少し、まとっまた休みに、いろいろ仕込んでおかねばならぬこと
があります。
パソコンはまだまだ不得手だし、絵も上達したいし、
途中で投げ出してしまった習い事もありますし、、、これじゃ、
ガキのころの夏休みだね。結局何もしなかった。
だから、2つ目の考えでいこうかな。
何もしない。だらだらすごす。な す が ま ま。