蓮根・赤猪子物語

蓮根・赤猪子物語


『おやじ、なんだい。軟らかいのにシャキシャキとした このつまみは。』

 芽バスです。新レンコンの先端の部分です。
茨城から送ってもらいました。市場にはあまり出回らないようです。

『レンコンか。うまいハスだ。』

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今日の品書き(目次)

【1】ハス・レンコン
【2】蓮の花・蓮華(レンゲ)
【3】赤猪子物語(あかいこものがたり)
【4】藕糸織(ぐうしおり)
【5】きょうの賄い・蓮根入りメンチカツ
【6】酔中歌(あとがき)

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【1】ハス・レンコン
芽バスが手に入る事は多くはございませんが、

レンコンは、煮ても、炒めても、揚げても、すりおろしても、
それぞれの旨味がでてまいります。

「ハス」とも「レンコン」とも呼んでいますが、
古名はハチス(蜂巣)で、これはレンコンの穴からのイメージではなく
花びらが落ちたあとの実の部分が、ハチの巣に似ていることからでしょう。

「蓮」という字は「ハスの実」という意味で、花と実が連なって
出るところからできたのだそうです。

蓮根(レンコン)と書きますが、日本で作られた語です。
それに食している部分は根ではなくて肥大化した地下茎であります。
根はひげ状のもので 節と節の間にあります。 

レンコンの穴、正確には気孔といいますが、
これは通導組織なのです。

レンコンは沼地や水田で栽培される水性植物です。
水中では酸素が十分にとれず葉からも運ばれてくるための
パイプ役である穴が大きくなっているのです。

光合成によって葉で作られた酸素が茎や根に送られてきます。
穴は、地中から葉までずっとつながっているというわけです。

穴の数は、9個から10個ぐらいが通常ですが、成長するにつれ
酸素の必要量も増えて、その数が増えたり
穴の面積が大きくなったりするようです。


 


【2】蓮の花・蓮華(レンゲ)
 「ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、
独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。」

これは、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の冒頭部分ですが、
古来より仏教での蓮はきわめて象徴的な意味合いを持つ植物であります。

蓮の花(蓮華 れんげ) が開いて釈迦誕生の瞬間を告げたとされ、
泥沼の中でも美しい花を開かせることから、
清らかに生きる人間のあるべき姿になぞらえたのでありましょう。

西方浄土に咲く花とされ、「南無妙法蓮華経」と
経文となり、実は数珠となります

以来仏教の象徴として蓮華は用いられています。仏教美術では
術極楽浄土には池があり、必ずといっていいほど蓮華が描かれています。
また仏像の台座は蓮台、蓮華台、蓮座、蓮華座などといわれる蓮華の意匠です。

私は築地本願寺の前を通って魚河岸へ行くのですが、
このお寺の本堂にも 蓮華が大きく刻まれています。

その築地本願寺の宗祖でもある親鸞聖人は
『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』の中で

「煩悩の泥の中に蓮の花を開く」と説いています。

「高原の乾いた陸地には蓮の花は生じないが、
低い湿地の泥沼には蓮の花が生じる」 と。

築地本願寺・朝

築地本願寺


【3】赤猪子物語(あかいこものがたり)
日本での「蓮の花」初出は『古事記』の赤猪子の段だとされています。

雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)は三輪川に遊びに行った際に、
川のほとりで衣服を洗っていた引田部赤猪子(ヒケタベノアカヰコ)
という名の美しい少女が目にとまります。

「他の男のもとに嫁がないで待っていなさい。いずれ召そう」
と約束しますが、忘れてしまいます。

赤猪子(アカヰコ)は天皇の言葉を信じ、誰が求婚しても嫁にはならず、
80年が過ぎてしまった。

老婆となった赤猪子は、
天皇のお言葉を守ってきた志だけでも、一言お伝えしたいと
多くの献上品を持って参内します。

操を守り、女としての盛りをむなしく過ごしてしまったことを
気の毒に思った天皇は歌を詠みます。

【御諸の いつかしがもと かしがもと ゆゆしきかも 白檮原童女】
(みもろの社の神聖な樫の木。その樫の木のように、神聖で近寄りがたいよ。
白檮原(かしはら)の乙女は)

【引田の 若栗栖原 若くへに 率(ゐ)寝てましもの 老いにけるかも】
(引田の若い栗林。そのように若いときに、共寝すれば
よかったものを、今はすっかり年老いてしまったことよ)

愛情こもった天皇の歌に返して、赤猪子は詠みます。

【御諸に つくや玉垣 つき余し 誰にかも依らん 神の宮人】
(みもろの社につきめぐらす立派な垣。斎(いつ)き残って、
誰に頼りましょうか、神にお仕えする宮人は)

【日下江の 入江の蓮 花蓮 身の盛り人 羨(とも)しきろかも】
(日下江(くさかえ)の入江の蓮(はちす)よ。花咲く蓮よ。
若い盛りの人が羨ましいことよ。)

帝の言葉を信じ、召されるのを16歳から80年も待ち続けた
赤猪子という女性の物語、ここに蓮の花が出てまいりました。。

有吉佐和子(1931年 -1984年)はこの物語を下敷きにした
『赤猪子物語』という作品を1957年に発表しています。
女流作家ならではの捉え方がおやじには興味深く思われました。

【4】藕糸織(ぐうしおり)
民俗学者、国文学者、神道学者、
そして歌人(釈超空しゃくちょうくう)としても
有名な折口信夫(おりぐちしのぶ1887~1953)に
『死者の書』という小説があります。

古代語が散りばめられていて、読みやすいとはいえませんが
折口信夫の珠玉の一篇とも言える作品です。

日本の古代の魂が宿る不朽の物語と申し上げておきます。

物語は奈良・當麻寺(たいまでら)に伝わる中将姫伝説や
大津皇子(おおつのみこ663-686)伝承に題をえています。

小説のほうは別の機会にお読みいただくこととして
題材の一部となった中将姫(ちゅうじようひめ)伝説、
このさわりを少し。

天平時代(750年ごろか)、藤原鎌足の曾孫に
藤原豊成という人がいた。その娘、中将姫は幼くして実母が死に、
継母の照日前に育てられる。

美貌と才能に恵まれ三位中将の位まで賜わった。

継母は、こうした姫を次第に憎むようになり、
豊成の流罪中に 中将姫を山で殺すよう家来に命じる。

同情した一人の家来によって危うく難を逃れ
雲雀山、青蓮寺などに身を隠す。

後年、狩りに来た父親・豊成に発見され奈良に戻るが
信仰生活を発心し當麻寺(たいまでら)を訪れる。

當麻寺は女人禁制であったが、石に足跡が刻まれるほど
一心に修行をしていた姫は、入山を許される。
そして中将法如尼(ほうにょに)という名をもらい尼になる。

26歳の時、念仏中に老尼が現れ蓮の茎を集めその蓮茎の糸から
曼荼羅を織ることを命じた。

中将法如尼は各地から集めた蓮茎の糸を石光寺の染井で
染め上げ、桜の木にかけて干した。

すると織姫が現れ、その夜、1丈5尺の曼荼羅を
織り上げた。織姫は実は西方極楽の教主・阿弥陀如来であったのだ。

阿弥陀如来は中将法如尼に13年後に迎えに来ることを約束する。
13年後の3月14日雲間から光明がさし阿弥陀如来や多くの
仏菩薩が現れ中将法如尼は西方浄土に旅立つのである。

やっと蓮が出てまいりました。蓮の糸で作った織物は
「藕糸織(ぐうしおり)」と呼ばれています。

「藕」は蓮根のことです。
蓮の茎の樹液で糸を創り、織る。手間の掛る仕事です。

ミャンマー(旧ビルマ)のインレイ湖畔にすむインダ族は
今でも藕糸織の工房を持っていて、僧侶の袈裟を創る為に
蓮の布を織っているそうです。

偶々いま、ミャンマーの友人が帰省中ですので、
藕糸織の工房を訪ねてもらおうと思ったのですが、
なぜか電話がつながらない。

【5】きょうの賄い・蓮根入りメンチカツ

メンチカツを作るときに蓮根の粗い微塵切りを混ぜるだけです。
面白い食感のメンチとなります。

1.蓮根は皮をむき、酢と塩を加えた湯で茹でる。

2.竹串が すっーと通るほどになったらザルにあげ冷ます。
それを粗いみじん切りにする。(細かくしすぎませぬよう。)

3.ボールの中で合い挽き肉と玉ネギみじん切りを捏ねる。
 粘りけが出たら、塩、胡椒。

4.その中に卵とほぐした食パンを加えてさらに練る。

5.ここで、先ほどの蓮根粗みじんを混ぜる。

6.適当な大きさに整えて、衣をつける。小麦粉、とき卵、
 パン粉の順は常の通り。

8.油で色よく揚げる。(170℃くらいかな)

◎分量はお好みで。
 合挽き4:玉ネギみじん2:蓮根粗みじん1ぐらい。
   
 召し上がり方はそのままでも、
 ウスターソースじゃぶじゃぶでも お好きなように。
 添え物はキャベツの繊切りが定番ですね。


【6】酔中歌(あとがき)
♪LOTUS BLOSSOM (Kenny Dorham)

・ケニー・ドーハムのLOTUS BLOSSOM(蓮の花)を
 ソニー・ロリンズやフレッディ・ハバードは
「Asiatic Raes」というタイトルで発表していますが、
「Raes」ってなに。

・折口信夫の『死者の書』はネットで全文が読めます。
 横書きですが。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/4398_14220.html
・題名の「死者の書」とは、古代エジプトにおいて、
 死者を葬る際、冥福を祈って棺に一緒に収められた巻物のことです。
 1943年青磁社より刊行された「死者の書」のカバーには
 エジプトのミイラの棺が金色で描かれていました。

・中将姫は伝説ですから実在ではありませんでしょう。
 伝本には以下のようなものがあります。

奈良絵本・「中しやうひめ」
御伽草子・「中将姫御本地 1651」
古浄瑠璃・「中将姫之御本地 1669」
説経・「中将姫御本地」
絵巻・「当麻曼荼羅縁起」


・今回、知ったのですが『死者の書』が映画になっていたのですね。
 川本喜八郎 監督の人形アニメーション映画。見逃してしまった。
 ご覧になりましたか。
http://www.kihachiro.com/index2.htm

・8月は休んでしまいました。すみません。
 からだの具合が悪かったわけではありません。
 酒はやすんでいませんでした。

・どうぞご意見お寄せください。

・今日もありがとうございました。
 またおちかいうちに。

 

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