■033号■春告魚・春風の板前
■ーーー金曜、夜8時半 調理場にてーーー
板前さん。3人のお客様が煮魚をご所望だ。メバルの残りは何本あったかな。
『半身しかのこっていません』
そんな事はないだろう。先ほど君が刺身に使ったきりだから、まだ残っているはずだ。
『いいえ半身だけです』
ちょいと使い方が激しいな。原価も考えながら仕事してくださいよ。
■ーーー同日、夜10時半 同じく調理場にてーーー
さて、ラストオーダーも終わった。今日は金曜日。土、日曜は休みだから 残った材料は整理しておいて下さいよ。賄いに廻すなり、夫々使い道を考えなければならないからね。
『分かりました。ところで、メバル2本半残っていますが、
どうしますか』
あのなぁ。。。
◆きょうの品書き(目次)◆
--------------------------------------
【1】春告魚・メバル・アエノコト
メバル(眼張、目張)が出回り始めますと春の訪れです。
わが あみ亭にも、新しい板前さんが入ってまいりました。若くはないのですが
春風のような人です。さわやかな、という意味ではありません、、、、。
「春告魚」とは以前は鰊(ニシン)でしたが、昨今はメバルです。ことに釣りをなさる方々にとって海釣りの季節到来を告げる春告魚はメバルです。
メバルは分類上、カサゴ目フサカサゴ科メバル亜科となるのですが、日本でのメバルの仲間は30種以上といわれています。
ウスメバル(アカメバル)やメバル(クロメバル)、エゾメバル、タケノコメバル、トゴットメバル、。。。。
私のところでは、富山の魚津から入荷しますので彼の地の呼び名で呼んでいます。
アカメバルがメバルで、
クロメバルはクロメバル、他にヤナギメバルはハチメ、など。
ところが、魚の名前はややこしくて、それぞれの持つ地方名が入り乱れています。例えばハチメはヤナギメバルだったり、ウスメバルだったり。同じ呼び名でも地域によっては違う魚を指していることも あります。
筍の時節に旬を迎える事から「筍メバル」や「タケノコ」という名で河岸や魚屋に並ぶのはウスメバルでしょう。ところがややこしい事に、標準和名「タケノコメバル」という別種があるのですね。体型はややクロソイ(黒曹以)に似ていますが、色は全体に黄色ぽく、 大小の褐色の斑点がある魚です。まぁ筍に似ていなくもない。
■ウチではヤナギメバルをハチメと呼んでいると、先ほど申しましたが、能登ではメバルの種類全体ををハチメと呼ぶようです。
奥能登地方には、昭和51年に国の重要無形民俗文化財に指定されている「アエノコト」と呼ばれる伝統行事があります。
ユネスコ無形文化遺産アエノコト
「アエ」は「饗」で饗応やご馳走、 「コト」は「事」、神事や祭りの意味でしょう。神へ五穀豊穣を祈願し、豊作に感謝する農民の儀式です。12月5日にに田の神様を家にお招きし、立春をすぎた2月9日に田に送り出すのです。
家々によって礼式の細部は異なるようですが、神棚の下には種籾俵(たねもみだわら)とさまざまな料理を供えた神座(かみくら)がしつらえられています。
アエノコトの田の神様は
夫婦神のことが多いのですが(家によっては親子神のことも)、目が不自由です。それは稲穂で目を突いたためです。田の神を家の当主(ゴテ)が鄭重に迎え入れ、手を差し伸べ神座へと導いていきます。あたかもそこに神様が歩いているかのように。
当主は料理の品目ひとつひとつを説明して神様に召し上がっていただき、その後は、風呂場に案内します(風呂が先という家もあり)。神様はその家でゆったりと年を越すこととなります。新しい年の2月9日にはまたお迎えした日のような饗応をして田に戻ってもらうのです。
2月11日には、田の神様が田に下りられる日で「田打ち」という儀式が行われます。
さて、「アエノコト」の神事、その御膳にはハチメ(メバル)が供されることになっています。ハチメ(メバル)は大きな目の魚です。田の神様の痛んだ目を回復していただこうとの配慮からこの魚をお供えするというわけなのです。
■ メバル(目張、眼張)は目が大きいのでその名があるのでしょう。
1709年(宝永7年)刊行の貝原益軒・『大和本草(やまとほんぞう)』に「目大ナル故名ツク」と載っています。
http://www.lib.nakamura-u.ac.jp/kaibara/yama/pdf/y13.pdf
(33ページ)
1712年(正徳2年)頃出版の
寺島良安『和漢三才図会 (わかんさんさいずえ)』49巻には、
メバルはカエルが化けたのだという記述が見られます。目が大きいところからそのように信じられたのでしょう。
「黒眼張魚 形同而色不赤微黒其大者一尺余赤黒二種共蟾蜍所化也」
(黒眼張魚 形、同じくして、色、赤からず、微に黒し。其の大なる者、一尺余。赤、黒二種共に蟾蜍(せんじよ)の化する所なり。)
今でも小型のメバルを「コビキ(小蟾)」と呼ぶ地方があります。(愛媛だったかな)
「蟾蜍(せんじよ)」あるいは「蟾」はヒキガエル(ガマガエル)の事です。
■ 海の中でメバルは垂直に近い形で頭を水面の方に向けたまま休息しています。
まるでタツノオトシゴのようです。 メバルの口は下顎のほうが長く謂わば受け口です。一般にこのような魚は両目の視野、特に目の上に注意を向けているのだそうです。そういえば、下顎が突き出ているタチウオも立ち泳ぎの型ですね。
そのような天に向かっているような姿からか、山形県や新潟ではメバルをテンコ(天口)、和歌山県ではアオテンジョウ(青天井)と呼ぶ地域もあります。
■ メバル釣りが始まると本格的な海釣りシーズンとなります。大きな群れに当たれば数釣りが期待できます。 食べ方は、刺身でも焼き魚でも、あるいはイタリア料理風にアクアパッツァなどもよろしいでしょう。どのように調理なさっても旨いのですが、
アタシはなんと申しましても煮付けがいちばんです。うろこを引きエラと内臓を取りのぞいたら水洗い。水気を拭って、軽く包丁目を入れ落し蓋をして常法通り煮付けるだけです。煮る前に霜降りをしたほうがいいでしょう。身離れが良くて食べやすいのが身上です。蕗か筍でも添えましょうか。
写真
--------------------------------------
■ーーー翌日・ーーー
あみ亭の老女将は春風を求めて房総への日帰り旅。そこは彼女のホームタウン。実家への手土産はメバルが2本半。
夕刻、留守番の居酒屋おやじは独酌。
「ちっ、メバル半分だけでも、残しておけばよかったか ーー」
【2】エスコフィエとメバル・・?おっと
エスコフィエ、ごぞんじですよね。ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世にして「料理の皇帝」と言わしめたあの巨匠オーギュスト・エスコフィエ(Georges Auguste Escoffier、1846年ー1935年)。1920年、シェフとして初のレジオンドヌール勲章を受賞したフランス料理会の重鎮でした。
エスコフィエとメバルの関連をお話しましょう。
本邦初公開、いや、世界でも初めての話。ご内聞に。
1982年、エスコフィエはリヒャルト・ワーグナー作のオペラ『ローエングリン』のロンドン公演に感動し、ヒロイン、エルザ役の歌声に魅了されてしまいます。ソプラノ歌手の(本)名はヘレン・ポーター・ミッチェルといい、ロンドン サヴォイホテルに滞在しておりました。エスコフィエはそこでの料理長でした。
オペラでは第1幕第2場。白鳥が曳く小舟に乗って伝説の騎士ローエングリンが登場します。この場面をモチーフにしたのでしょう。エスコフィエはソプラノ歌手にデザートをささげます。白鳥をかたどった氷細工の中にはバニラアイスクリーム。その上には桃のシラップとラズベリーのソース。
その名も 『ピーチ・メバ、、、』メバ・・・
おっと、いけねぇ。
『ピーチ・メルバ』だった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Peach_Melba
知ったかぶりは恥をかきます。
恥かきついで、ピーチ・メルバ続けてしまいますね。
ソプラノ歌手の本名はいいましたが、芸名はネリー・メルバ(Nellie Melba 1861 - 1931)。1887年ベルギーで上演されたヴェルディ作『リゴレット』のジルダ役でデビューし、生まれ故郷のオーストラリア、メルボルンに因みメルバの芸名としたのです。
19世紀末から20世紀初めにかけて一世を風靡した存在でありました。1953年には『メルバ』という彼女の伝記映画も作られています。

『メバル・・・』じゃなかった、『メルバ・トースト』というカリカリのトーストも彼女の名に由来します。メルバは体型維持のために極薄でカリカリに焼いたトーストを注文し、それが香ばしくて気に入り、彼女の定番となったのですって。
--------------------------------【3】酔中歌(あとがき)
■♪It Might As Well Be Spring (邦題「まるで春のよう」)
Music:Richard Rodgers & Hammersein Osscar2
クリフォード・ブラウンやビル・エバンズの演奏がいいかな。ローズマリ-クルーニーの唄もあったはずだが。↓はアストラッドジルベルトの唄。(Getz Gilberto #2 - Live at Carnegie Hall Musica 11. Stan Getz, Joao Gilberto, Astrud Gilberto - It Might as Well Be Spring)
■春告魚はメバルとなりましたが、春告鳥は鶯で春告花は梅、これは昔からかわっていないようです。
■今回は やばい、廃刊瀬戸際。配信スタンドの「まぐまぐ」さんの規定では、6ヶ月間発行のないメルマガは廃刊となるそうでありまして、その限度が今日。
■「メバル」のこと膨らませようといろいろ目論んでいたのですが、てなワケで、あっさりした調理でお届けします。苦し紛れのデザート、ピーチ・メルバをそえて。





