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■022号■蛤(ハマグリ)今は昔
いらしゃいませ。
♪イキナクロベイ ミコシノォマァツニィ〜
『おやじ、さっきから小声で唸っているがどうしたんだい』
唄っているんですよ、「お富さん」
ガキの頃、意味もわからずに、おぼえて口ずさんでいた
流行歌ってありましょう。
「お富さん」(歌・春日八郎、作詞・山崎正、作曲・渡久地政信)
は昭和29年(1954)にキング・レコードから出た、はやり歌でして
当時は連日ラジオから流れていました。
カラオケなどない時代でしたから、この明るく調子の良い唄は
宴会ソングでもありました。
子供が歌うには、詞の内容に問題ありと、小学生が歌うことを禁ずる
教育委員会や自治体なども出るほど流行りましたね。
小学生にはちょっと難しい詞なんですよ。
歌舞伎の
「与話情浮名横櫛」(よわなさけうきなのよこぐし)の一場面、
「源氏店」(げんじだな)から題材を得ているのですから。
『もう「知ったかぶり」が始まったのかい。
その前に、今日のおすすめ料理は何だい。』
私の話の中から当ててください。
それでね、「お富さん」の大ヒットに負けじと、ビクターでは、
やはり歌舞伎を題材にした唄を出しました。
翌昭和30年の「弁天小僧」(歌:三浦光一、作詞:佐伯孝夫、作曲:吉田正)
がそれです。「お富さん」ほどではなかったけれどこれも流行りましたね。
♪ボタンノヨウナ オジョウサン〜〜〜〜
♪シラザァ〜イッテキカセヤショウ〜
『唸るな。わかった。今日のおすすめは白魚(シラウオ)だろ。
歌舞伎の名ゼリフがあるじゃぁねぇか。
---月も朧(オボロ)に白魚の 篝(カガリ)も霞む春の空
つめてぇ風もほろ酔いに・・・・・こいつぁ春から縁起がいいわぇ---』
残念でした。そのセリフは河竹黙阿弥・作
「三人吉三廊初買(さんにんきちざくるわのはつがい)」の大川端の場。
振袖姿もあでやかなお嬢吉三の聞かせぜりふです。
「弁天小僧」の題材は同じく 黙阿弥の
「青砥稿花紅彩画 (あおとぞうしはなのにしきえ)」、
別名、「白浪五人男(しらなみごにんおとこ)」からです。
『おやじの話は長くていけねぇ。白浪てぇのは どろぼう の
ことだな。食いもの待たされるとオレもグレちゃうョ。
不良になっちゃうからね。』
当たり! 「グレハマ」です。蛤(ハマグリ)です。
『ん?』
◆きょうの品書き(目次)◆
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- 【1】蛤「今は昔、」
- 【2】蛤あれこれ
- 【3】ぐれはま
- 【4】蛤・菜の花焼
- 【5】酔酔中歌(あとがき)
【1】蛤「今は昔、」
本種のハマグリは魚河岸へ行ってもなかなか手に入りません。
ほぼ絶滅に近い状態だそうで。
例えば、相模湾では1974年の記録を最後に絶滅してしまいました。
(2003年9月2日、神奈川新聞)
店で売られているハマグリの表示名はどのようになっているのかは
存じませんが、標準和名の「ハマグリ」とは別種のものでしょう。
魚河岸で尋ねたところ、
「地ハマグリ」と表示されているのは標準名は「チョウセンハマグリ」で、
これは国産。必ずしも朝鮮産ということではなく本種ハマグリに対しての
種類の違い。
韓国や中国から輸入されている「シナハマグリ」は「ハマグリ」
と表示しているようです。
でもね、次第に区別は難しくなってきているのだそうな。例えば
潮干狩り用に輸入されたシナハマグリを海へ放流しますでしょ。
するとハマグリとシナハマグリの交雑が起きてるかも知れない。ハマグリが
絶滅したあとにシナハマグリを放流した例もありました。
生態系が かなりおかしくなっているハマグリでありますが
本種はずいぶん昔から食べられていたようです。
縄文時代の貝塚から出土する貝のうち、8割がハマグリですって。
『日本書紀』に「白蛤の膾(うむぎのなます)」を
景行天皇へ献上の記述があるのですが、これはアワビのことかも知れません。
平安時代末期の『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』に
蛤が登場しています。「今は昔・・・」で始まるあの お話集に。
巻三十「本朝付雑事」の「品賤しからぬ人、妻を去りて後に返りて棲むこと」
という話です。
久しぶりに、やっちゃいましょうか。居酒屋おやじ流めちゃくちゃ現代語訳。
そんな、おイヤな顔なさらずに、お付き合いくださいョ。
■今は昔、歳若く家柄のいい出の男がいたと。想いを交わしてきた妻を棄て
若い女に心が動いちまうのですな。
身に憶えある御仁もいらっしゃいましょう。
(↑この部分は原文にはありません。)
男は出先の摂津の国は難波の浜辺で蛤を見つけます。
蛤には海松(みる)という海藻(かいそう)がフサフサ付いていて、
ちょいとHぽい(←原文に無し)風情があります。
これを「我が去りがたく思ふひとのもと」へ届けるよう、
お供の使いの者に命じます。使いの者は勘違いして、若い女へではなく、
前妻へ届けてしまうのです。
前妻は、これは若い女への届け物であると感じつつも、盥(タライ)に水を
はって蛤を入れ大切にいたします。
10日ほど過ぎて、男は摂津の国から女のもとへ戻ります。届けたはずの
蛤はありません。
女は
「蛤は焼いて、海松(みる)は酢に入れて食べればおいしいのにねぇ、、」
なんてことを言うのです。
男は女の言葉に興ざめしつつも、
前妻のところへ 蛤を取り戻しに使いを出します。
前妻は、やはりそうだったのかとひとしきり泣いた後、
陸奥紙(みちのくがみ)に包んで返すのです。
その包み紙には、歌が一首書かれてあります。
【 あまのつと おもはぬかたに ありければ
みるかいもなく かへしつるかな 】
(海からのお土産は 別の方へのものでしたね。見て愉しみたかったけど
おかえししました。)
男は歌に心を打たれ、女のもとを去り 前妻の所へ帰っていくのでした。
・情趣が乏しく、食い意地の張った女より、恨みつらみも言わぬ
心ゆかしき元カアチャンを いとおしく思えたんでしょうな。
(心ゆかしきカァチャンだったら、アタシだって、、、おっと失言。)
【2】蛤あれこれ
■ハマグリの名の由来は「浜栗」説が有力。栗の形に似ているから。
「浜のグリ」説もあります。「グリ」とは小石の事。土木建築の
用語でもあります。
■貝殻を2枚にはずすと、他の貝とはピタリと合わないところから、
『源氏物語』にも登場する貝合わせ(貝おおい)に使われたり
夫婦和合と貞節の象徴として、婚礼の献立に蛤の吸い物が 用いられたりするのはご存知のとおり。
婚礼に蛤を用いることを薦めたのは徳川八代将軍・吉宗ですって。(文政3年写・1830年『明君享保録』)
天保3年(1832年)の『三省録』に
「婚礼に蛤の吸物は、享保中明君の定め置給ふよし。まことに
蛤は数百千を集めても、外の貝等に合わざるものゆえ、婚礼を祝するに
是ほどめでたき物なし。それ故の御定なり」とあり、
これが「二夫にまみえず」という貞節の教えとなったようです。
■蜃気楼(しんきろう)を見たことございますか。砂漠の蜃気楼とか
富山県魚津市の蜃気楼で有名なアレです。
私はなぜか朝方に見るのです。
(老眼と前夜の深酒と寝ぼけで眼が霞んでいるだけです。)
蜃気楼は蛤が吐き出すのだという伝説が中国にあります。
「蜃」の字は中国では大きな蛤の意味だそうです。大蛤が吐く気によって
空中に出来た楼閣が「蜃気楼」だというのです。
実際に、蛤は粘液を出します。
潮の流れに応じて水管から紐状の粘液を出し、その粘液を
綱渡りの綱のように使って軽やかに移動します。
「蛤は一夜に三里走る」なんていいますが
下げ潮のときは 1分間に1メートルほど動くのだそうです。
■元治元年(1864年)7月19日。京都で勢力の挽回を図る長州藩と、
御所を守る会津、桑名、薩摩連合軍の激しい戦い。
激戦区だった蛤御門(はまぐりごもん)に因んで「蛤御門の変」と
呼ばれています。
この門は何故「蛤」なのか。
現在では、京都御苑西門のひとつですが、元来、新在家御門が正式名称で
常に閉ざされていた門でした。
宝永5年(1708)3月8日の未明に発生した「宝永の大火」の際、開門されたこと
により、「焼けて口開く蛤御門」といわれ、後に正式名称となりました。
蛤が焼かれるときに開いていくさまに、なぞらえたわけです。
■日本での高級碁石は蛤の殻から作るんだってね。
明治の頃から宮崎県日向市の蛤は殻が肉厚で碁石の材料として有名だった。
もちろん白いほう。
黒石は貝殻ではなく三重県熊野産の那智(なち)黒石が高級品ということに
なっている。
【3】ぐれはま
あまり、お待たせして先ほどのお客が不良(グレ)ちゃうといけません。
「ぐれる」と「蛤」の因果をお話しておきましょう。
■
江戸時代の隠語(いんご)で「ぐれはま」というのがあります。これは
「はまぐり」をひっくり返して「ぐりはま」、から転じたのです。
蛤のような二枚貝は2枚がぴたりと合います。2枚を逆にしたら、合いません。
物事が食い違うことを、「ぐれはま」と言ったのです。
動詞になって「ぐれる」。「見込みが外れる」ことから「脇道へそれる」、
そして「正しい道をふみ外す」、つまり「不良になる」となったのです。
■「ぐれる」と、歌舞伎の
「青砥稿花紅彩画 (あおとぞうしはなのにしきえ)」との関係ですか。
既に申しましたがこの歌舞伎、別名「白波五人男」。
一番有名なせりふは「浜松屋の場」での
「知らざぁ言って聞かせやしょう、、、」で始まる弁天小僧の七五調の
名ぜりふでしょう。
もうひとつの見せ場、白浪五人男が出そろう「稲瀬川勢揃いの場」では、
日本 駄右衛門、弁天小僧菊之助に続いて3人目の忠信利平の科白。
「続いて次に控えしは月の武蔵の江戸育ち、ガキの折から手癖が悪く、
抜参りからぐれだして旅をかせぎに西国をまわって首尾も吉野山、、、」
↑ ↑
「ぐれ」が出てまいりましょう。文久2年(1862年)初演ですから、
江戸時代には既にこの言葉は使われていた、ということを、
知ったかぶり したかっただけ。すいましぇん。
【4】蛤・菜の花焼き
これは、昔、先輩の板前から教わってからは、この時期の定番料理と
なったものです。菜の花のような色合いに仕上がりますから、
前菜盛の一品としても映えます。
■準備
1.蛤を剥き身にして さっと茹で、腸(ワタ)をおし出して、
天汁(てんつゆ)程度の汁に浸しておく。
2.薄味で煮た筍(たけのこ)を5mm角位のあられ切りにしておく。
3.かなり軟らかめの炒り卵を作っておく。塩と砂糖を少しだけいれて。
4.上記、2と3を混ぜておく。
5.豌豆(えんどう)を塩茹でにしておく。
■蛤の貝殻(片方1枚だけ)に先ほど1.の蛤の剥き身をいれる。
その上に、4.をのせて詰める。その上に 5.を3〜5粒半分埋め込む。
オーブンで焼く。(200度で15分くらい)
■豌豆の変わりに、塩茹でした菜の花を切って使っても良いでしょう。
【5】酔中歌(あとがき)
♪Ain't Misbehavin'(邦題:浮気はやめた) 1929 w:Andy Razaf、m:Fats Waller&Harry Brooks■1929年のレビュー『ホット・チョコレート』は出演者全員が黒人。その中でサッチモ(ルイ・アームストロング)がこの曲を歌っています。その後映画(1955)にもミュージカル(1978)にもなりました。
■♪Ain't misbehavin', I'm saving my love for you ♪ボクの愛はアナタのためにとっておくんだ "ain't"は"am not"(is not, are not, has not, have notなども)の縮約形。スラングでしょう。
■Louis Armstrong: ain't misbehavin'
■先ほどの、「今昔物語集」。蛤の話ですから、貝あわせの貝殻のように
元々に収まるという落ちなのでしょうか。居酒屋おやじの深読みでしょうか。
■今日もありがとうございました。またお近いうちに。
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いらっしゃいませ。桜鯛のいいのが入っています。
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◆きょうの品書き(目次)◆
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■ーーー金曜、夜8時半 調理場にてーーー
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■きょ・・・
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いらっしゃいませ。
今日は 聖ペテロの魚を召し上がっていただきたいとおもいまして。。
『聖ペテロの魚? わからん。 もっと的を射た話をしてくれ』
はい。その「的」をえた魚なのです。
・・・





